デリー(インド)行きのフライトは、11時50分に出発します。空港までは15分かかりますが、今日は地下鉄や自動車では行きません。エアタクシーがマンションの外に停まっています。ドアが静かに閉まると、エアタクシーは、ブ-ンと音を立てて空中に上昇していきます。眼下に交通渋滞が見えます。電動モータによって、空飛ぶタクシーは、排出ガスを発生することなく、静かに空中を移動します。ターミナルでしばらく停止して、ハイブリッド航空機に乗り換えると、その航空機は定刻に離陸し、排出ガスを発生することなくインドへ向けて飛行します。
これは、遠い将来の話のように思うかもしれませんが、数年のうちに実現する可能性があります。戦略コンサルティング会社のローランド社によれば、空を飛ぶモビリティも電動化するだろうと見込まれています。「問題は、電動航空機が一般的になるかどうかではなくて、一般的になるのはいつか、ということです。」欧州および世界の各地域で、何十件もの航空機プロジェクトが進められています。ローランド・ベルガー社が70種のさまざまな機材を調査したところ、すべてのモデルが、遅くとも2030年までに飛行可能になる予定です。
電気駆動の航空機は、特に環境への配慮がなされています。ドイツ連邦環境庁によると、従来の飛行機は乗客1キロあたり約214グラムの温室効果ガスを排出しています。一方、内燃機関を搭載した自動車 (!) の排出量はわずか140グラムです。確かに、個々の航空機からの排出量は改良によって削減されていますが、総飛行距離は大幅に増加しています。今後、航空機を利用する人はますます増えていくでしょう。統計ポータルサイトStatistaによると、2017年に初めて40億人に達しました。コロナ危機の影響で、この数字は2020年には17億人強にまで落ち込みました。しかし、2021年には35%回復して24億人になると予測されています。
これまで航空機は、全世界のCO2排出量の約2.4%を占めていました。国際民間航空機関(ICAO)の計算では、飛行回数の増加により、その比率は、2040年までに4倍になると見込まれています。しかし、航空機が排出する物質は、CO2だけではありません。一酸化窒素、水蒸気、微粒子も排出しています。その排出は、環境に影響を与えるだけでなく、人間の健康にも悪影響を及ぼします。
そこで、航空業界は、壮大な目標を定めました。2050年までに、CO2排出量を約75%削減するというものです。近い将来、航空会社にとって排出が大きなコスト要因になる見込みです。ICAOのメンバーは、CO2排出量に応じた補償および排出枠の購入について合意しました。これにより、自社に対する許容値よりも排出量が少ない航空会社は、排出権を他の航空会社に売ることができます。航空機が発する騒音も、2050年までに60%低減される予定です。現在、特に離着陸の際に、激しい騒音公害が発生しています。
どうすればこれらの目標を達成できるでしょうか。電気駆動の航空機は、その1つの候補です。離陸時には、騒音の大きなジェットエンジンではなく、低騒音の電動モータで推進されるので、ずっと静かになります。そうなれば、夜間の飛行禁止も不要になるでしょう。さらに、従来の航空機と違って、電動航空機は、排出ガスを発生しません。その電気が再生可能エネルギーで生成されるならば、完全にカーボンニュートラルになります。その他のメリットとして、電動モータであれば、故障が少なくなります。電動モータは、はるかに少ない部品で構成されており、オイル、冷却水、排気システム、ギアが不要です。その結果として、メンテナンスも少なくてすみます。また、電気駆動システムは、どのような空気密度、温度、速度であっても、必要とされるトルクを発生できるので、安全な飛行につながります。
このように、電動航空機には多くのメリットがあります。燃料価格や規制も、航空機の電動化を進める要因です。2035年までに、すべての航空機駆動システムのうち45%は、部分的に電気が採用されているでしょう。
しかし、技術的観点から見れば、この航空における進化を実現するのは容易ではありません。エアバスCEOのトム エンダース氏は、電動航空機が「現代で最も大きな産業の課題」だと言っています。すべての航空機が電気駆動になるまでには、何十年もかかると思われます。最初は、電気駆動は、都市部で商品や乗客を輸送するマルチコプターに使われるでしょう。マルチコプターは、垂直に離陸上昇できるので、2025年までに、小型の離着陸場所で利用されるようになるでしょう。その次には、1,200kmまでの地域航空輸送に使われるようになるでしょう。長距離用の電動航空機が見られるようになるには、もう少し年月がかかりそうです。
課題となるのは、技術だけではありません。機体の飛行そのものも問題です。大規模な個別航空輸送は、電動ドローンおよびエアタクシーによってのみ可能となります。しかし、都市部であまりにも多数のドローンが飛ぶようになると、安全を確保するために、たとえば飛行経路や着陸場所について、さらなる規制が必要になります。その他の問題として、多数の電動エアタクシーが自律飛行するということがあります。そうなれば、当局は、衝突防止のための最小距離について規制を実施しなければなりません。
今日、おもちゃあるいはカメラ搭載用として空を飛んでいるドローンは、主として無人機で、すでに電気駆動になっています。すなわち、電動化する必要はありません。そう遠くない将来に、ますます多くのマルチコプターおよびVTOL航空機を見かけるようになるでしょう。VTOLとは、垂直離着陸機(Vertical Take-Off and Landing)のことです。VTOLを利用する状況はいくつか考えられます。小型機は商品の輸送に、そして大型機は、将来は人間の輸送に利用できるでしょう。
米国のアマゾン社は、2013年に「Prime Air(プライムエア)」という名称の最初の配送用ドローンを発表しました。それは、最大2.5kgの荷物を16kmまで輸送できるものです。また、グーグル、DHL、UPS、DPD、ボーイング、および中国のJD.comでも、宅配サービス用の電動ドローンを開発しています。初期テストは、日本、ドバイ、シンガポール、スイス、その他の国で実施されています。米国では、連邦航空局(FAA)が、厳しい条件のもとに配送用ドローンの利用を許可しました。しかし、人口密集地域ではドローンが許可されていないので、荷物の宅配はできません。ドイツでは、今のところ、空からの配送は認可されていません。
その次には、電動マルチコプターが商品配送だけでなく、乗客の輸送にも使われるようになるでしょう。ポルシェコンサルティング社は、2025年に最初の商用エアタクシーが登場すると予測しています。その10年後には23,000台に増加し、乗客輸送の売上額は320億ドルになっているでしょう。この調査によれば、ミュンヘン空港から市内中心部まで、10分のフライトで料金は100ユーロ程度になる見込みです。現在、いくつかの企業がエアタクシーの構想を検討中です。あるものは、ヘリコプターに似ていてあるものは、小型飛行機に似ています。その航空機の操縦は、1本または2本の操縦桿を使った単純なものです。
ドバイでは、近い将来、旅客用ドローンをタクシーとして利用する計画があります。その実現のため、当局はドイツのスタートアップ企業であるボロコプター社と協力しています。電動エアタクシー「ボロコプター 2X(Volocopter 2X)」は、2017年に無人テスト飛行を実施して、ドバイ上空60mの高度を飛行しました。他の企業でもエアタクシーを開発しています。シティエアバス(CityAirbus)は4人乗りエアタクシーを開発中で、ウーバーは、2023年までに「ウーバーエア(Uber Air)」というエアタクシーサービスを米国の複数の都市で開始し、関連する離着陸場を運営する予定です。ミュンヘンの近くに本社を置くスタートアップ企業、リリウムアビエーション( Lilium Aviation)社の「ジェット(Jet)」も、エアタクシーとしての利用を見込んでいます。炭素繊維製のカプセル内に2人の乗客を収容可能です。中国では、すでに多数の自動車が電動化されています。したがって、中国が電動エアタクシーを製作していると言っても驚くことではありません。縦横4mの「イーハン184(Ehang 184)」は1人乗りです。英国のロールスロイス社は、ガスタービンで発電するハイブリッド電動ドローンを開発中です。これは5人乗りで、早ければ2025年にも量産を開始する予定です。
計画中の電動エアタクシーの航続距離には、大きな差があります。飛ぶことができる距離は16kmから300kmまでさまざまですが、いずれも都市交通には十分でしょう。速度は、130km/hから320km/hの間です。ロールスロイス社のハイブリッド航空機だけは、より速い速度で、より長い距離を飛行できます。今のところ名前がないこのVTOL機は、約400km/hの速度で、800kmという驚くべき距離を飛行することができます。
多くのエアタクシーは、完全自律により飛行します。または、少なくともその能力を備えています。たとえば、ボロコプターは、パイロットが操縦することも、自律飛行することも可能です。その他に、たとえば、中国の「イーハン184」は、完全に自律飛行します。
電気駆動の航空機は、21世紀だけのアイデアではありません。フランスの発明家、アルテュール コンスタンタン クレブス氏が、1878年にシャルル ルナール氏とアドリアン デュテ ポワトバン氏と一緒に、電動飛行船「ラ フランス」を飛ばしました。この飛行船は、6.25kWの電動モータを装備していました。その6年後、ラ フランスは、23分間の飛行で19.8km/hの速度に達しました。ほぼ同じ時期に、アルベール ティサンディエ氏とガストン ティサンディエ氏の兄弟は、電気駆動の飛行船を製作しました。
最初の有人電動航空機は、1973年にオーストリアで離陸しました。ミリトキーMB-E1(Militky MB-E1)は、15kWのモータを使って9~14分間飛行しました。20世紀には、複数の開発者が電動の航空機やヘリコプターの開発に取り組みましたが、多くの場合、バッテリ容量の問題により失敗に終わりました。
スタートアップを含む多くの企業は、小型のエアタクシーだけでなく、複数の乗客を輸送できる電動航空機の開発にも取り組んでいます。これらは、今後数年のうちに、地域輸送に利用される予定です。しかし、電動航空機による長距離輸送が実現するには、長い年月がかかりそうです。
イージージェット(easyJet)社は、電動航空機について具体的に計画しています。米国のスタートアップ企業、ライトエレクトリック(Wright Electric)社との協業により、最大150人乗りの電動航空機を開発しようとしており、計画によれば、2027年までに飛行する予定です。イスラエルのスタートアップ企業、エビエーション(Eviation)社の「アリス(Alice)」も計画段階にあります。それは9人乗りで、900kWhのリチウムイオン電池を搭載しています。これに対して、スロベニアの企業、ピピストレル(Pipistrel)社の2人乗り電動航空機は、量産の準備が整っています。50kWの電動モータおよび21kWhのバッテリパックを搭載し、約1時間飛行可能です。
現時点ではバッテリ容量が限られているので、ハイブリッド駆動システムを開発している企業もあります。この航空機は、2台の電動モータの他に、タービンおよび発電機を搭載しています。エアバス社は、ロールスロイス社およびシーメンス社との協業により、100人乗りの中距離用航空機を開発しています。この「E-Fan X」は、3台のガスタービンと1台の電動モータで駆動されます。シーメンス社が2MWのモータを開発し、ロールスロイス社がガスタービンを製作します。ガスタービンで発電して、その電気をバッテリに蓄えます。この航空機は、2025年から2030年の間に市場に登場する予定です。
英国のスタートアップ企業、スターリング社は、ハイブリッドジェット機を発表しました。これは、ボロコプターと同じように垂直に離着陸するものです。したがって、都市部での空飛ぶバスとして利用できます。電動プロペラが胴体の中にあります。空中では、そのプロペラにより垂直上昇し、ディーゼルエンジンが加速を補助します。
現在の電動およびハイブリッド航空機は、欧州内または米国内のフライトであれば、十分に運用できるでしょう。計画によれば、540~1,200kmの距離を飛行可能です。
ノルウェーは、地上でも上空でも、電動モビリティの分野で先行しています。多額の助成金の効果により、2017年には、世界で初めてハイブリッド車と電気自動車の登録台数が、内燃機関自動車の登録台数を超えました。2025年以降、ノルウェー国内で販売できるのは、ゼロエミッション車だけになります。それだけではありません。2040年以降、同国のすべての短距離フライトは、電動化することになっています。同国政府は、航空・空港管理公社アビノール(Avinor)に対応計画を策定するよう指示しました。その結果として、電動航空機による世界初の商用航空路線が、早ければ2025年にも開設される予定です。また、同国政府は、企業による電動航空機開発への投資を拡大するための振興策を準備しています。
ジェット燃料で駆動される航空機は、離陸時にジェットエンジンの高い出力を必要としますが、高い高度では、必要な出力がはるかに少なくなります。これに対して、電動航空機では、内燃機関やジェット推進を全く必要としません。代りに、搭載されたバッテリに蓄えられている電気のエネルギーを取り出して、その電気をモータおよびローターに伝えます。ハイブリッド航空機では、バッテリは補助的なエネルギーの供給源になります。
純電動の航空機は、バッテリから電気を取得します。イスラエルの企業、エビエーション(Eviation)社の航空機は、機体尾部とウィングチップに空気アルミニウム電池を搭載しています。しかし、航空機全体の重量が5,400kgであるのに対して、バッテリの重量は2,700kgです。バッテリが重すぎるという事実は、航空機メーカーにとって重要な判断基準です。1kgでも少なければ、燃料の効率が良くなるからです。電動航空機のもう1つの課題は、バッテリの電力密度が低いことです。
しかし、それ以外にも方法があります。多くの場合、エネルギーの少なくとも一部は、飛行中に取り戻すことができます。そのためにさまざまな技術が試行されています。ピピストレルの航空機は、着陸態勢でのアイドルモード時に、消費したエネルギーの約13%を回収しています。DC-ACコンバータを利用して、惰力走行する自動車と同様にエネルギーを回収し、バッテリに戻します。バイエアロスペース(Bye Aerospace)の「エレクトリックサンフライヤー2(Electric Sun Flyer 2)」は、滑空中に発電することができます。押し寄せる空気が、プロペラを回転させ、モータが発電機の働きをして電気を発生し、バッテリに蓄えます。
他の開発者は、翼に取り付けた太陽電池でエネルギーを得る航空機を研究しています。そのエネルギーは、バッテリに蓄えられます。2015年に、スイスのパイロット、ベルトラン ピカール氏とアンドレ ボルシュベルク氏は、太陽電池駆動の航空機による初の世界一周を達成しました。「ソーラーインパルス2(Solar Impulse 2)」の翼には、17,000個の太陽電池が装着されていました。
しかし、現時点では、多くの航空機メーカーは、ハイブリッドモデルを開発しています。たとえば、ジェット燃料によるガスタービンを使って飛行中に発電します。その電気は、搭載されたバッテリに蓄えられます。発電機から電動モータに電気を供給し、そのモータがタービンまたはダクテッドファンを駆動します。このようなハイブリッドモデルでは、燃料消費量を約4分の1減少させることができます。将来は、ジェット燃料の代わりに燃料電池を使って、空中の電力会社になる可能性もあるでしょう。
電動航空機の開発者にとって大きな課題の1つが、より高効率で軽量のバッテリの開発です。1990年代初めと比べると、バッテリのエネルギー密度および電動モータの効率は、2倍以上になっています。しかし、たとえば長距離用航空機には、それでも十分ではありません。電動航空機が本当にビジネスとして成立するためには、バッテリ容量を大幅に増大させなければなりません。そうすれば、より長距離を飛行できます。したがって、バッテリユニットを小さくするだけでなく、より高い電力密度を実現しなければなりません。インフィニオンは、この課題に対応するお手伝いをします。たとえば、バッテリの容量と寿命を10%以上増加させるアクティブバッテリバランシングがあります。これは、スマートバッテリ管理システムが、すべてのバッテリセルの機能および充電を連続的に制御し、その利用状況を改善するものです。これにより、個々のセルに蓄積できるエネルギーが、経年劣化のため次第に少なくなることを防止できます。
航空機メーカーにとって、航空機の重量も大きな問題です。その解決には、 SiC(シリコンカーバイド)ベースの半導体が重要な役割を果たします。インフィニオンの新製品が、電子製品、たとえばインバータや駆動用モータの軽量化に役立ちます。これにより、軽量、小型、高効率のドライブユニットを作ることができます。それは、まさに電動航空機が普及するために必要な特性です。
モビリティは、電動化に移行していきます。空のモビリティについても、徐々に移行するでしょう。今後10年以内に、最初の電動エアタクシーが登場すると見込まれており、ドバイなどの都市では、すでにその利用を計画しており、。通販会社も、ドローンを使って顧客に荷物を配送しようと考えています。これにより、輸送中に、CO2その他のガスを排出せず、将来の都市は、よりクリーンになるでしょう。電動航空機のその他のメリットは、静かなことです。しかし、多数の個人用、輸送用、タクシードローンが空を飛ぶようになったとき、どのような航空規制が実施されるか、まだ明確ではありません。
2025年頃から、電動およびハイブリッド航空機も飛ぶだろうと考えられています。しかし、それが広く使われるようになるには、まだ時間がかかるでしょう。航空機は、平均で30年使用されるので、機材の交換は徐々に進められます。電動航空機が、近い将来に長距離路線を飛ぶことはなさそうです。それが実現するためには、バッテリがより軽量で強力にならなければなりません。
しかし、今後何年かのうちに、この分野で多くの進歩があるでしょう。新しい技術によって、バッテリの効率化と小型化が進みます。2025年以降、大型航空機も電動化されると戦略コンサルティング会社のローランド ベルガー社は予想しています。そして、21世紀の中頃には、電動航空機に乗って、排出ガスも騒音も出さずに、地球の反対側まで飛んでいくことがあたりまえになっているかもしれません。
更新:2021年7月